石和本陣跡(いさわほんじんあと)

170名以上の大名や公家、役人が休泊

本陣は、もともと軍の大将が在営した場所のことですが、戦国時代以降は大名や公家などが宿泊や休憩する施設を称するようになりました。江戸時代は大名が参勤交代で江戸への往復で利用していました。
石和宿に幕府の命で本陣が置かれたのは寛永年間の1625年頃とされています。また、1761(宝暦11)年、信州高遠城主の内藤大和守が参勤交代のため、初めて甲州道中を通行することになり、石和宿仲町の後藤勘兵衛に本陣を命じたことが始まりともいわれています。後藤家の資料によると石和宿の本陣には、1835(天保5)年までの164年間に延べ174人の大名や公家、役人が休泊したと記されています。
広大な書院造りの建物でしたが、1880(明治13)年6月に明治天皇が御巡幸で予定していた宿泊の直前、大火により消失し、土蔵一棟のみが残されました。この石和本陣跡は、笛吹市の指定文化財に指定されています。
もっと知りたい
甲州街道の本陣:甲州街道沿いの本陣は信州の大名のほか、甲府勤番の幕吏がよく利用しました。江戸中期以降は、維持費の増大などにより廃れていき、1870(明治3)年にすべて廃止されました。

COURSE MAP

次のスポットへ行ってみよう!