古戦場近くの冷泉に立ち寄り湯で
夕狩沢の古戦場と伝えられる上岩下には温泉が湧いています。江戸時代以来、切り傷や皮膚病に効くとされ、地域の人々の共同浴場として親しまれました。
1875(明治8)年、「岩下温泉旅館」の先代が源泉の権利を譲り受け、現在も旧館の半地下に28.2℃の無色透明な冷泉が湧いています。館内には冷泉を加温した湯船、冷泉そのままの湯船の2つがあり、加水なし・源泉掛け流しの温泉を立ち寄り湯として楽しめます。また、木造建築の旧館は国の登録有形文化財に登録されています。
1875(明治8)年、「岩下温泉旅館」の先代が源泉の権利を譲り受け、現在も旧館の半地下に28.2℃の無色透明な冷泉が湧いています。館内には冷泉を加温した湯船、冷泉そのままの湯船の2つがあり、加水なし・源泉掛け流しの温泉を立ち寄り湯として楽しめます。また、木造建築の旧館は国の登録有形文化財に登録されています。
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夕狩沢:現在の笛吹市と山梨市の市境付近を流れる河川です。1464(寛正5)年の夕狩沢合戦で戦端が開かれた夕狩沢古戦場跡(山梨市上岩下)の周辺には、「矢坪」「勝負沢」など戦を想起させる地名が残ります。
夕狩沢合戦:甲斐武田家第16代当主の武田信昌(1447 - 1505年)は、先代の頃より守護代として権勢を振るっていた跡部氏の勢力と1464(寛正5)年に争って勝利し、当主の跡部景家を小田野城に追い詰めて切腹させました。跡部景家を排斥したことにより、信昌は甲斐国における武田氏の勢力基盤の回復に成功します。
<参考資料>
『歴史の道調査報告書』秩父街道
<参考サイト>
岩下温泉旅館
http://iwasitaonsen.com/
夕狩沢合戦:甲斐武田家第16代当主の武田信昌(1447 - 1505年)は、先代の頃より守護代として権勢を振るっていた跡部氏の勢力と1464(寛正5)年に争って勝利し、当主の跡部景家を小田野城に追い詰めて切腹させました。跡部景家を排斥したことにより、信昌は甲斐国における武田氏の勢力基盤の回復に成功します。
<参考資料>
『歴史の道調査報告書』秩父街道
<参考サイト>
岩下温泉旅館
http://iwasitaonsen.com/