甲州で唯一当時の姿を残す一里塚

一里塚は日本橋を起点とする五街道の一里(約4㎞)ごとの目印で、徳川幕府の時代に街道の両側に土を盛って作られました。旅人が距離を測ったり、人夫や馬を借りる際の駄賃の目安になったといいます。
犬目宿と下鳥沢宿の間に、日本橋から二十一里、21番目の塚がありました。もともとの地形を生かし、小高い場所をそのまま塚にしています。
北側はなくなりましたが、南側は直径約12m、高さ約5mの塚がほぼ完全な姿で残っています。甲州内で現在も往時の形をとどめているのはこの恋塚のみで、山梨県の文化財に指定されています。一つ前の塚は荻野の一里塚です。
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・一里塚の上にはエノキやマツ、ケヤキなどの木が植えられ、旅人が日差しを避けて木陰で一休みしたり、雨宿りの場として役立った。この一里塚にはマツが植えられていた。

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