追分の人形芝居(おいわけのにんぎょうしばい)

400年の歴史を持つ人形浄瑠璃

甲州街道最大の難所である笹子峠の麓にある地域で、峠を越えようとする旅人をもてなした人形芝居です。約400年もの歴史があり、現在は「笹子追分人形芝居・西川座」がその伝統を引き継いでいます。
人形芝居は、主遣い、足遣い、左遣いの3人で人形を遣います。それぞれが細かな動作を表現することによってなめらかな動きを魅せることができます。
笹子村には、800年前から語り継がれてきた「葦が池の伝説」は、70年以上前に「吉窪美人鏡・親鸞上人御法度『毒蛇救済の段』」として演じられた記録があるものの、口伝であったため途絶えてしまいました。2004(平成16)年の平成の追分人形復活にあたって、古い台本を頼りに、演出のアレンジや新たな頭(かしら)を加えてこの演目も復活となりました。
もっと知りたい
・人形浄瑠璃が1638(寛永15)年に笹子の地に伝わり、笹子に定住した江戸の人形遣い吉田冠二は近隣の村まで人形芝居を伝え歩いたといわれている。代々座長を務める天野家には、15代前の「人形遣い」と記された位牌が残されており、歴史の深さを物語っている。
・明治以降には、天野忠甫が関東の名人・西川伊三郎に見込まれ、「西川伊久造」を襲名、笹子の人形芝居は「笹子追分人形芝居・西川座」として現在の5代目に続いている。

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