郡内・国中の境で街道最大の難所

黒野田宿と駒飼宿の間にそびえる標高1096mのこの峠は、上り下りで二里半(約10km)の険しい坂道が続き、甲州街道一番の難所と言われていました。江戸時代は、大月や上野原などの郡内(ぐんない)地方と甲府盆地を中心とする国中(くになか)地方の境目であり、現在も大月市と甲州市の境にあたります。
浮世絵師の歌川広重が『甲州道中記』で「笹子峠ト云フ大難所、さみしき山也、殊之外高シ深山也」と書き記すなど、江戸時代の書物には、笹子峠の険しさを表した表現が多く登場しています。
笹子峠を越えて山梨県中西部の駒飼宿(甲州市)に向かう道のりは『甲州街道―笹子峠越』として「歴史の道百選」に選定されています。この区間には、山梨県の指定天然記念物であり往時の旅人の目印となった「笹子峠の矢立のスギ」や、明治天皇が明治13年に巡幸した際に、笹子峠で休憩したことを示す「明治天皇御野立所跡」という石碑も立っています。
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・笹子峠の途中にある「笹子峠の矢立のスギ」は樹齢1000年とも言われる老木で、木の幹から普通の人が使わない矢じりが何本も発見された。このことから、兵士が出陣の前にこの杉に矢を打ち立て、武運を祈っていたとされる。樹高は約26.5m、根廻りは14.8mの巨木で、1960(昭和35)年に山梨県の天然記念物に指定されている。
・「笹子峠の矢立のスギ」のそばには、明治天皇が明治13年に巡幸した際に、笹子峠で休憩したことを示す「明治天皇御野立所跡」という石碑も立つ。

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