積翠寺(せきすいじ)

武田信玄の生誕地と伝えられる寺院

奈良時代の高僧、行基が開いた寺院といわれています。境内の巨石から泉が湧き出ていたことから石水寺と呼ばれていましたが、のちに積翠寺に名前が変わりました。
1521(大永元)年に武田信虎夫人が戦火を逃れるため、避難したこの寺院で武田信玄を産んだとされています。境内には産湯の井戸や産湯天神などが残っており、本堂左手の不動堂には不動尊とともに武田信玄の像が祀られています。1546(天文15)年7月、信玄はこの寺院で和漢連句の会を開き、その記録が残されています。
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行基:行基(ぎょうき)は668年に現在の大阪府堺市で生まれ15歳で出家後、仏道修行を経て、40代後半から民間布教や社会事業を行うようになりました。740年に聖武天皇から東大寺の大仏建立を託され、寄付を募るため全国を行脚しました。

<参考資料>
『やまなしのお寺と神社』

<参考サイト>
山梨の歴史を旅するサイト「積翠寺」
https://www.yamanashi-kankou.jp/rekitabi/jisha/spot/003.html
甲府観光ナビ「積翠寺」
https://kofu-tourism.com/spot/55

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